つぶし島田

この髪型に似通った形は中期頃からいくつかありましたが、この名が付いたのは後期になってからです。根の低い髷の中央がつぶれたような形からこのように呼ばれるようになりました。あらゆる階層の女性に好まれ広く流行しました。髷の掛け物(白丈長、鹿の子、ちりめんなど)によって、年齢や身分を表していました。

銀杏返し

結い方が簡単なところから幕末から明治にかけて下町では圧倒的な人気でした。12,13歳の少女から年配の女性まで広く結われたようです。京阪ではこの髪を「蝶々」とよんでいました。

稚児輪

古くから公家の男児が結っていましたが、明治時代以降は8,9歳の女児によって結われました。頭の上に眼鏡のように2つの輪をつくった髷です。

結綿

つぶし島田から変化したもの。髷の前が大きく幅広くなり、髷かけに手絡を使う。17、8歳の町娘によって結われた。手絡をたっぷり使うことによって娘らしい華やかさが感じられる。名前の由来は髷掛けに手絡を使う前は、染め綿を使っていたことからこの名がついた。

女夫髷

幕末から明治時代にかけて、江戸の年配の女性や芸者などが好んで結った島田髷の仲間です。つぶし島田の根に笄をさし、かもじを綾にかけた簡素で地味な髪風です。髷先と髷尻をかもじを掛けて連絡してあるという意味で女夫髷の名前がついたようです。

高島田

根の高い島田髷。文金高島田、針打ち、奴島田 などそれぞれ特徴はありますが、形は殆ど同じ。 江戸時代中頃からいろいろな形で発生してきたようですが、後期になるとひとつになり優雅で 品格のある形が上流階級に好まれた。 優雅で上品さが今日の花嫁の髪型に使われる ようになった。

丸髷

江戸時代中期から大正、昭和の初めまで息長く結われた髷です。主婦や年配の女性の風俗としてひとつの標準とされる髪型です。髪飾りとして一般には白や紫の縮緬、新婦は緋縮緬を用い、末期からは鹿の子絞りなどが使われた。江戸では正式な形は白丈長、べっ甲を用い簪を指すことはない。

両手髷

京阪における既婚婦人の代表的な髷。先笄と同じ時期に同じ様な変遷をたどった。江戸の丸髷とともに両横綱とも言うべき髪形である。勝山髷の輪と笄髷の横輪と二つの輪が、できることから両輪とも呼ばれていた。

島田くずし

この髷は江戸時代中期には町娘も結っていましたが、後期になると町方の中年女性に多く結われたようです。髷掛けに鹿の子やちりめんなどを用いました。また御殿女中や大奥の使用人にもこの髪風が見られますが、髷掛けはほとんど使用せず地味だったようです。

先笄

京阪地方の婚約した娘や新婦によって結われたもの。江戸で流行した「島田くずし」に橋(髷の上に渡した髪)を掛けたような型になっている。江戸の丸髷に対抗するもの。

長船

若い主婦、側妾に結われた髷。幕末に流行った髷で「丸髷」から変化したもの。

姨子(おばこ)

幕末、江戸の町方で結い始められた。丸髷に次ぐ主婦の髷である。主婦の喪中の髷としても結われたと言うことから略式ながら正しい装いであるようです。平日は金糸や縮緬の掛け物を使ったようです。

稚児髷

髷を二分して中から根掛けに使った鹿の子をのぞかせ、娘らしい華やかさを持った髷です。 江戸時代後期に京阪の娘たちが好んでこの髷に結い流行した。

先稚児

江戸時代の後期、京阪の良家の若い娘たちによって結われた華やかで可憐な髪型です。島田髷から変化したもので、島田の髷先を 割って中から鹿の子をのぞかせて橋をかけたもの。名前の由来は島田髷の髷先が稚児髷になっているところから付けられたようです。

娘島田

乙女島田とも言います。高島田を小型化したもの。

勝山

江戸時代前期から長い間遊里で流行した。その形は徐々に変化して後期にかけて髷の幅がしだいに広がって大きく立派な形に変っていった。その頃流行した「丸髷」と同じような形となり同化していく。後期になると遊女ばかりでなく、御殿女中にも好まれた。

片手髷

「片こうがい 」とも言われた。江戸中期頃から京阪で結われた笄 髷のひとつ。下げ髪を笄に巻き付けただけの簡単なものですが、古風な趣のある髷である。一般の主婦は両手髷であるが 、武家や占師医師の夫人など特殊な人々に結われた。

雌おしどり

京阪地方の娘に多く結われた髷でおしどりというのは、髷の上にかけた橋のこと。婚約の定まった娘が結った髷です。別のものに「おしどり」という江戸中心に子供が結った髷もある。これは桃割れに橋をかけた形からお七髷と同型と思われる。

雄おしどり

「高島田」におしどり毛を渡したもので、品のある初々しさと情緒がある。幕末京阪地方で結われ婚約のきまった娘や若い嫁の髪型です。

ふくら雀

幕末から明治にかけて江戸の下町の娘の結った髷です。髷の形が紋章のふくら雀に煮ていることから命名されたようです。

お七髷

幕末の頃 歌舞伎の「八百屋お七」から流行したものと思われる。15,16歳の若い娘に結われた。 関東の「おしどり」、京阪のお染と類似。同型異名かと思われる。ふく髷の前を割って 中から 鹿の子の手柄をみせ橋を掛けたもの。

根下り銀杏

「銀杏返し」の変形。根を下の方に結び、輪も小さくさらりと結い上げる。幕末の芸者や邦楽の演奏者などに好まれ、縞の着物がよく映えるさりげない髪型。

唐人髷

幕末から 明治にかけて結われた。 はじめ吉原の遊女や禿が結い、その後町方の12歳から18歳ぐらいの娘に結われるようになった。禿は花簪など華やかですが、町方の娘は飾り物が少なく質素です。中国(唐)の女性の髪型に似ていることから名前が付けられた。

なかかぜ

江戸時代後期、京阪にみられる粋向きの年増女性によって結われた。「先笄髷」から橋を取り除いたようなもの。その他江戸の「島田くずし」、京阪の「粋書」にも類似している。

下げ下地

大名の奥方や姫君に結われた。毛先を上へ下へ笄の回りに巻き付ける結い方。

おたらい

幕末から明治にかけて伝法肌の年増の女性に結われた。形がたらい状なので付けられたようです。また糸巻きにも似ていることから「糸巻き」ともよばれた。

粋書

明治に入って先笄髷から変化した髷です。先笄の簡略された形で京阪地方の粋好みの婦人に結われたようです。

丸輪

京阪の二十歳ぐらいの女性に結われた。根の前に指した笄を通して輪を作りますが、この輪が円状になっているところから付けられた。

三つ輪

江戸時代後期の初めの頃から結われていました。丸髷から変化したものです。丸髷の輪の左右から二つの輪が出て同じ大きさの三つの輪が揃った形。特殊な階級の髷で女房のように堂々と丸髷が結えない妾といわれた人たちが結った髷です。

松葉返し

銀杏返しと同じ頃の幕末前後、年配の女性や粋向きの女性などに好まれたようです。左右に輪をつくり根の前に挿した笄に余った 髪先を巻きつけて止めたものです。

めがね

江戸時代中期に流行したとみられる。根元から左右に二分しめがね状に輪をつくり、両輪を貫くように笄を通したもの。

吹き輪

大名の姫君の結った髷。大奥の中でのみ結われていた特殊な髪形です。歌舞伎でお姫様というと必ずこの髷に結っています。しかし、実際に大名のお姫様はべっ甲の花笄やかんざし程度で歌舞伎でみられるような華やかなものでなかったようです。大奥の中で結われていた勝山か片笄から変化して髷の輪をふくらませたものと思われます。

割り鹿の子

現代の時代劇で必ず見かける髷です。幕末から明治にかけて主婦や娘も共に結ったものです。娘は非縮緬、年配者は浅黄の布を髷掛けにつかった。橋を掛けたものもある。

天神髷

遊女の髪型。太夫級より一段下がる遊女が結い始めたと考えられ廓で流行したが、後には一般にも普及し広く結われた。この髷がもとになり、布を使う「紫天神」、輪がひとつの「片天神」、輪のない「輪なし天神」など変形のものが出てきた。

毛やり

江戸時代の後期に京阪の主婦が結った髷です。『丸髷』の髷の上に橋を掛けたもの。この橋は『先笄』のように油で固めたものでなく、おしどり毛のように少しばさついたもののようです。

おしゃこ

江戸時代から明治にかけて下層階級の主婦や妾などに結われた。その形が「蝦蛄」に煮ているところから名が付けられた。粋で伝法味のある結髪。

手古舞島田

神社の祭礼などに氏子の芸妓が男装する場合の髪型です。髷先は男髪のように切った形で前髪は真ん中から振り分けになっています。御輿の先駆をすることから男装し、伊勢袴に脚絆、わらじをはき、背に花笠、手に扇子と鉄棒という粋で威勢の良い格好をしています。

紫天神

花魁の結う髷。根元に笄を立てて髪を巻き付け、紫のちりめんをリボンの様にかけている。

針打ち

禿が結っていた代表的な「高島田髷」の一種。かむろは花魁に使われる子供のことで、花魁の格調に釣り合いをとって華やかに装う。髪飾りに積み上げという鹿の子の三枚重ねの根かけ、稲妻丈長、梅の四段花櫛、赤縮緬の前髪くくりなどを用い格式が重んじられた、華やかな装いになっている。

伊達兵庫

江戸初、中期に結われた兵庫髷が後期になって大きく変化し、遊女の代表的な形になり一般女性には無縁のものになった。髷は初め蝶の羽根のような形をしていたが、徐々に広がり丸みを持ち、扇面を向かい合わせたような円形になった。べっ甲の松葉簪、玉簪、耳かき簪とたくさんの簪を使いますが、京阪ではさらにビラ簪やちりめんの根かけを使い華やかに飾ります。